たぶん片付け日記

□汚部屋(倉庫系)出身、片付け中。散らからない部屋を目指してます。 熟考型、面倒くさがり、物忘れ多い、捨てられない、外面が良い。不安から買い物依存気味だった時期有り。

断捨離はもう終わり、他のことをする

ブログをやめようとした自分にむかついて2日で戻ってきました。

100記事を目指した時は、意味のないものでもとにかく発信していこう、続けていこう、というコンセプトで始めたはずだったと、思い出した。

書かなかったけど裏テーマというものがあり、それは『ブログが恥ずかしくてもそのままにする』……。(これが原因で、いままで何度もブログやめてきたので)

 

100記事達成した時点で、次のゴールを設定しなかったから、ダメだったのかなぁ。

それと、最近の憂鬱の原因は、断捨離の終着点を決めなかったからかなと……。再考しました。

 

《断捨離》

wikiより

断=入ってくる要らない物を断つ

捨=家にずっとある要らない物を捨てる

離=物への執着から離れる

断=、私の楽しみなので、もう断はしない。

捨=、当初捨てたかった完全なゴミはあらかた捨てた

離=、物から、離れすぎてしまった……。

というわけで私はもう、断捨離は終えた、ということにします。

まだ捨てられるものがないか探したり、日用品を買うのに罪悪感を感じたり、この間もらったばかりのおみやげを『使わないから』という理由で捨てようか考えたり。なんだか自分が病的だなと思いました。

そのあたりで、もうゴールに着いたんだと気づけば良かったです。

 

そもそも最初は……私に断捨離ができるはずがないと思っていました。断捨離も、不要品をベッド下に残したまま、きっと途中でやめるんだろうなと思っていたから、ゴールを設定していなかったんです。

 今回の断捨離は昨年10月〜今年の2月まで。最初はゆっくりだったとはいえ、5ヶ月もやっていたのか。

捨てたかったけど面倒くさくて捨てられなかったゴミ(壊れた電化製品や、鉢、小物金属、粗大ごみ)を捨てることが出来ました。すごく勉強になりました。

でもこれ以上身の回りにあるものを、『ゴミ』『ゴミじゃないもの』や『使う』『使わない』という目線で選別するのはやめにします。

 無駄や余分、過剰にも意味があるってことを、忘れそうになっていた。

 

断捨離って、結局こういうことだったんですかね。

物をいつまでも捨てられない気持ち悪さと、物を簡単に捨てる気持ち悪さの、両極端を味わってみやがれ……!っていう。

ほんと、捨てられない自分も、捨てる自分も、なにか違うと思っていました。

行き過ぎると、捨てることさえ執着になるんだっていうのは、やってみないと気づけなかったなぁと思います。

覚えているうちに断捨離を振り返った記事でも書いて、このことは終わりにします。

 

自分にちょうどいい生活の仕方を考えていかないといけないです。また何か本を読みたいです。 

2個前の記事に書いた、汚部屋になった原因と自分のコンプレックスの関係。これもせっかく気づけた事なので、考えていきたいです。

 

この3ヶ月ぐらいは、1回友達と遊んだだけで、それ以外は遊びにでかけなかった。片付けがメインで、余った時間に料理や本、DVDって感じだった。

やっぱ外に出る遊びも、大切だなと思いました。断捨離と一緒に、節約や家計簿も細かく始めてしまったのが、良くなかっただろうか。 

断捨離は二度としたくない。だからどうすれば、自分が断捨離をしないですむのか、考えたい。

 最近、人ってなんの為に生きてるんだろうと、ずっと考えてました。

『欲』があるから生きているんだろうと、私は結構思っています。

無欲な人間になりたくないです。何かに執着して、その物事に尽くして、必死になって、そういうのを繰り返し続けて、死にたいです。

 

私はこれから、春のパン祭りに参加します。

3月は、気になってたIKEAと、かもめBOOKSにも行ってみます。

断捨離系の本をもう一度読み、私が取り違えていたことはなんなのか調べてみます。断捨離して、憂鬱になる人ってあんまりいないのかな。 

 

家計簿と掃除は続行。

ベッドサイドに置く小さい机を作りたいと思っている。

 

今後迷走すると思われますので、とりあえずブログ村は全部抜けました。『片付け』ブログでもなくなると思うので、タイトルも変わるかもしれません。